【コラム】破天荒な競馬に見た夢 26年3月11日記
破天荒な競馬が好きだ。
思えば競馬をやり始めるきっかけとして、大学時代の友人に見せられた、オルフェーヴルの阪神大笑点()は間違いなくあった。
もはやお馴染みのあの無茶苦茶な競馬。1周目のゴール前で全力疾走、2周目の向正面で逸走、しかし3角〜最後の直線の再加速。最後はわずかに勝てなかったが、それでもあの競馬にどこまでも夢を見た競馬ファンが多いのも間違いない。
破天荒な馬のレースぶりは馬柱からだけではわからない。いや、場合によっては馬柱から伺える例もあるにはある。
通過順が5-10-3-2みたいな、ぐっちゃぐちゃな馬柱があれば、それは破天荒なレースである場合が多い。しかし、コーナー通過順だけではわからないパターンも数多くある。
それが今回挙げるとある名牝の話だ。きっと多くの人が名前を知りもしない、そういう名牝がいるのだ。今回はそんな馬を語りたいと思う。暇なやつだけが聞いてくれ。
その名牝は2015年9月12日の阪神3R、『3歳』未勝利戦でデビューした。
この時点で違和感があるはずだ。当時の3歳世代戦は秋口まで未勝利戦をやっていた。それは置いとくにしても、デビューがこの時期ということは崖っぷちも崖っぷちである。そして名牝は3着に敗れた。当然あとはない。
しかし名牝はそのレースだけで実力を証明していた。ぜひレースを見てほしい。こんなやばいレースをする名牝がいたことを、どうか覚えていてほしい。
そのレースは阪神ダートの1400m戦だった。稍重とはいえ、どちらかといえば乾いている方だったと思う。名牝は初手で出遅れた。短距離戦ではこの時点で苦しい。それでも名牝は必死に3枠5番から内に入っていった。最後方から内を通って進出し、中団につける。
だが、3角に入る前に首を上げ、失速。またもや後方まで下がっていく。砂を被ったのを嫌がったのだろうか。
3歳未勝利戦、それも混合戦だった。相手が軽いとは言え、名牝自身も初の一戦。短距離戦で大きく出遅れ、脚を使い進出するもズルズル下がる。どう考えても負けるパターンだ。今までにこのパターンで上がってくる馬を、何頭見たことがあるだろうか。
おそらく関係者も諦めたのではないだろうか。でも、諦めていない者もいた。
それが名牝スパイラルステップだった。
おそらく知っている方はそう多くないだろう。ピンとこない者の方が大多数のはずだ。
直線に入って再加速した名牝は、序盤で使ったはずの脚をリセットしたとしか思えない脚で馬群を捌き、抜け出した。先に叩き合いに持ち込んでいた2頭に迫るところでゴールしたが、あの末脚はスムーズなら間違いなく差し切っていた。動画を見た者なら確実にそう言うだろう。
名牝は中央から地方に転厩、勝ち星を掴み、中央に舞い戻った。再転入初戦が16年4月の京都ダ1400m戦。牝馬限定の1勝クラスだった。
初戦のレースを見ていた私は、そのレースぶりに魅入られ、単複を買った。
しかも当時学生だった私にしてはかなり珍しく、というか今を含めてもなかなかない金額を張った。
私は今のところ1レースに対して最高1万しか張ったことがない。それもイクイノックスのダービーの時だけ。あの時は新馬戦からこの馬はガチでやばいと評価していたからこそやったことであり、今でも後悔はない。実際それだけの名馬となったのだから。
そしてスパイラルステップにも同じく単勝と複勝をしこたま買った。勝つ確信があったからだ。それなら複勝はやめろと思わないでもないが、当時のオッズは単勝2.2倍に複勝1.5倍。案外悪くなかったのかもしれない。
私は滅多にこのオッズの人気馬に単勝を多額で買うことがない。それはもうよほどの時だけだ。
スパイラルステップは初戦とは打って変わった、安定した横綱競馬で勝利。最後は僅差だったが、ゴール直前まで脚は残していたし、勝ち切ると信じることができた。納得の勝利だった。
そしてそこに肉薄したのはマイティティーという馬で、のちにオープンまで勝ち上がり、重賞も勝っている。
普通にレベルの高いレースだったとも言えよう。
それからスパイラルステップは勝ったり負けたりしたが、結局は後年、不振に陥り引退。
個人的にはいつの間にか引退してしまい、寂しい気持ちになっていた。今頃元気にしてるかな。
破天荒なレースをする馬を見るたびに、その名牝を思い出していた。多分、競馬ファンそれぞれに、そういう思い出の馬がいると思う。それも、他の競馬ファンが知らなそうな馬が。
でもその馬は確かに一生懸命に走り、誰かの心に残っているのだと思う。
それだけで終わることも多いのだろう。
でもスパイラルステップの夢はそれで終わらなかった。
ある日、なんとはなしに地方の重賞レースの馬柱を見た時に、気づいたのだ。
スパイラルステップの仔が1番人気になっとる。気づいた時に衝撃を受けた。そうだった、牝馬なら子供がいる可能性があるのだ。
気づかずにいたとは、という衝撃もさることながら、地方とは言え重賞で1番人気に推されているとはまさか思うまい。気づいた時は驚きすぎた。
よく見るとこの馬エートラックスは二番仔。一番仔のハッピースパイラルは地方で頑張っていた。感動してエートラックスの単勝を購入し、勝ったことは言うまでもない。
それからは子供たちの動向には気をつけていた。エートラックスは兵庫チャンピオンシップ勝利後、東京スプリントも勝利。現在重賞2勝と大健闘している。その下のトゥロンは牝馬ながらダートで2勝クラスを突破、なんならその2勝クラスはトゥロン(5番人気)とラヴオントップ(13番人気)の馬連ワイドで6万ほど儲けさせてもらった。
そして先日の土曜はその妹のペンダントが昇級初戦でダートの3歳1勝クラスを勝利(8番人気)した。この時期の3歳ダート1勝クラスをクリアしているのは普通に優秀。直線では散々応援したものだ。
ちなみにエートラックスはニューイヤーズデイ産駒、トゥロンはナダル産駒、そしてペンダントは冒頭でも出した金色の暴君オルフェーヴルの産駒である。
奇しくも、破天荒なレースをした二頭の間に生まれたのがペンダントという馬である。
どの父の子もしっかり勝ち上がっており、きっと牝系の血がいいのだろう。そう、スパイラルステップは母馬としても優秀な名牝だったのだ。
いずれもダートでの活躍が多いが、牝系から芝もできなくはない。非常に楽しみがある。
スパイラルステップのあの破天荒なレースからはや10年。その血脈は受け継がれている。子供たちは母ほど無茶苦茶なレースをしないが、いずれも今後に期待できる馬ばかり。次の仔の登場も楽しみに待ちたい。
破天荒なレースにはそれだけで魅力がある。今週のレースにも前走で破天荒なレースをした馬がいる。日曜阪神9Rに出走予定のキシダンチョウがその類の馬だ。一度レースを見てほしい。そして、こういう馬がいたんだと、誰か伝えていくのも、悪くはないのかもしれない。
ライター名「夜桜 ほとり」
バイオテクノロジー系の分野で大学院卒業後、何を血迷ったのかSEに転身。でもなんか違うと思い、競馬メディアの編集に。現在は編集を脱退、馬を中心としたフリーの物書きとして活動中。
スパイラルステップとその子供たちには何度も窮地を助けてもらった。感謝してもしきれない。私としては彼らを応援することしかできないが、こうやって伝えていくのが大事なのかな、と思うなどしている。



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