【読書感想文】ザ・ロイヤルファミリーは競馬小説ではない
基本的に私は原作派だ。だから原作を味わうまでドラマを見る気はない、と一貫していた。そして原作を読んだ上でも多分ドラマは見ないと思う。
こんにちは、こんばんは。今回は一時期話題になったドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」の原作小説「ザ・ロイヤルファミリー」の感想文とする。とりあえずここ2日で読了した。
なお、私はドラマを見てない上、結構この手の感想文で辛口かつ過激なことを言うタイプなので、留意して読んでいただきたい。
結論だけを言うなら、「ザ・ロイヤルファミリー」を競馬小説だと思って読むのはオススメしない、特に競馬のガチファンは、という話である。
まず内容を知らない方のために小説「ザ・ロイヤルファミリー」の構造を簡単にまとめる。
・全二部構成の「競馬」小説
・一部は主人公と、ロイヤル冠の馬主・山王耕造氏、そしてロイヤルホープの活躍の話(個人的には第二部のための下準備をする区間と見ている)
・二部は主人公と、ロイヤル冠の馬主・耕一氏、そしてロイヤルホープ産駒ロイヤルファミリーの活躍と継承の話
一見すると普通の競馬小説に見えるが、最初に断言したい。
この小説は明らかにヒューマンドラマ小説であり、そこを誤解したまま読んだ競馬ファンは薄味に感じる。
ヒューマンドラマと思って読んでいれば間違いなくよかったな、と思えたし、感動できたのだが、今回は入口というかドラマの知名度が高すぎたのが余計だったのではないかと思っている。
困ったことに私は競馬の厄介ファンである。どれぐらい厄介かというと、新卒カードを切って入ったホワイト系大企業を退職して競馬メディアを運営する中小企業に編集未経験者として入るぐらいの競馬好きである。
そんな競馬好きの人間がこの小説を読むとかなり薄味。第二部に多少はやるやん、て思える内容はあったのだが、それもごく一部。全然競馬の内容がないし、馬の話もろくにしないのだ。
競馬好きが競馬小説だと思って読み始めたら、人情深いおっさんが出てきて、ほかのおっさんどもとわいわいしてるだけの物語が繰り広げられるので、そりゃ肩透かしを食らう。そして競馬小説ならしっかりしててほしいレース描写がほんとに薄い。そりゃ印象が良くない。
重ね重ね述べるが、ヒューマンドラマ小説としてなら高く評価した。親世代と子供世代の継承にかける話を題材とするなら確かに競馬はぴったりだし、それをうまく使っていたのは確かだ。
調教師や馬主の関係を知る意味でもいい内容であったし、ホープやファミリーの走りに涙することもあったし、耕造氏ら馬を愛する人々の尽力をしっかり描写していてよかったと思う。
ただ、私のなかで「ザ・ロイヤルファミリー」を競馬小説と呼ぶのは非常に抵抗がある。なぜなら競馬小説は馬をもっと出すべきだと考えているからだ。
今作で彼らが頑張るところはどうしてもヒューマンドラマ要素のために尺が短くなる。なんなら、線で繋がるべき馬達のレース経過やレースのすべてはかなり流されて描写されている。
だってこの小説は競馬小説ではなくヒューマンドラマだから。継承というテーマをおいたために競馬を使っているだけだから。それが個人的に抵抗がある部分だ。
かなり言い方を悪くして恐縮だが、継承というテーマを語るために「競馬」をダシにつかわれている感じがあって、私には気に食わないのだ。
それでもしっかり600ページを読んだのは、この小説がヒューマンドラマとして読めば確かに名作だったからで、ドラマが人気になるのも頷けるからだ。
まず主人公は元・税理士なのだが、これも親からの継承でもある。父親が税理士で、いつかは父とともに仕事をしたいと税理士となったが、父が亡くなり、ともに仕事に取り組むことができなくなったと気づき絶望するところから物語はスタートする。
とあるきっかけで耕造氏と知り合い、主人公はそのマネージャー(というか秘書)として奔走することになる。この秘書としての役割が耕造氏の馬主としての活動の補佐であるが、主人公はこの耕造氏に「父」を重ね合わせているというまあ、ヒューマンドラマらしい要素が入っている。
この二人はどちらもそこまで相馬眼に優れるタイプでなく、結構古臭い競馬観で馬主として活動していくわけだが、そんななかロイヤルホープと出会い、そこに夢や希望を託していくのだ。
彼らの人間臭さはほんと良くて、人間の描写として秀逸だった。だからこそページをめくる手は止まらなかった。そして継承先の耕一氏においてもそれは変わらない。
この小説に出てくる登場人物たちは描写がすごくリアルで、ヒューマンドラマとしての要件はしっかり満たされていた。だからこそ、安易に競馬を扱うのはな、て気持ちにもさせられた。
そもそもの印象がちょっと悪かった。
原作派で、ドラマから入ろうとしなかったのにはいくつか理由がある。
まず第一に、第一話のレース描写が結構ひどかった、と聞いていたからだ。
この時点でそこまで好感度が高くはならない。のちのち聞いていくと後半はマシになったらしいので、まあそれなら、という気にはなった。
ただ、第二の理由も結構大きい。ドラマの制作スタッフが競馬に対して真摯でなかったらしい、という件だ。パドックの撮影において、馬の撮り方がなっていない、という話を風の噂で聞いて、なにそれ、となっていたのだ。
どちらも伝聞なのでそれが本当かは知らない。多分レース描写の話は本当なんだろうけど。
だから原作を読んだ上で判断しようと思い、原作を手に取ったわけだ。今思うと、原作からしてレース描写が薄いし、競馬らしい側面に大きなウェイトが置かれていない面を見るに、どちらも信憑性があるな、という気がしている。そりゃ制作陣もそこまで競馬にウェイトをおかないよ。描写上外すことは不可能だし競馬は出てくるんだけどさ。
まとめに入ろう。
競馬の入り口として「ザ・ロイヤルファミリー」は十分機能していると思う。その点に関して非常に大きな貢献をしてくれたし、感謝している。このコンテンツをきっかけに競馬に興味を持ってくれる層が増えるなら万々歳だ。というかそれでいい。ぜひとも競馬のドラマ性に魅入られてほしいと思う。
我々のような競馬厄介ファンはその分、こういう入り口にとやかく言わず、自衛する必要があると思う。多分、結構競馬をやる人にとって、この小説は違和感がある部分もあるし、競馬小説と呼ぶには、と思う箇所が多いと思う。
そしておそらく作家様もその点を留意しながら書いていらっしゃると感じている。あくまでこれは競馬ではなく人を描いているのだ、というスタンスを感じる。
だから、そもそも宣伝の問題だったと思っている。それで私のように純粋な競馬小説だと思った人間が読むとギャップが生じるのだろうと思う。よって、最初からヒューマンドラマとして読むことを推奨する。
重ね重ね言うが、「ザ・ロイヤルファミリー」はヒューマンドラマを扱う小説として素晴らしかった。だから競馬小説として読むのは違うのである。そういうのは馳星周氏の「黄金旅程」とかそっちの方がふさわしいと思う。
ライター名「夜桜 ほとり」
バイオテクノロジー系の分野で大学院卒業後、何を血迷ったのかSEに転身。でもなんか違うと思い、競馬メディアの編集に。現在は編集を脱退、馬を中心としたフリーの物書きとして活動中。
個人的には耕造氏が初めてホープと出会い、心を通わせるシーンは素晴らしかった。あの筋で行ってくれるなら競馬小説としてよかったと思ったんだがなあ……。こればかりは題材とズレるので仕方ない。



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